下有知向山神社

下有知風土記3

向山神社の説明

 

平成五年五月吉日に書かれた、銀幣社向山神社誌 向山神社社務所著 の記録に基づいて記します

この銀幣社向山神社誌の資料は、下有知の白山神社・八幡神社・唐栗神社・秋葉神社の宮司である大野勝己様が保管されていた文書を提供して頂きました

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 向山神社付近図のコピー

 

1. 神社名は 銀幣社(ぎんぺいしゃ)向山神社 です

祭神(さいじん)は 向山大神 です

向山神社には六つの神社が合祀して祀ってあります

 

※ 銀幣社について

戦後になり公的な社格が無くなり岐阜県の場合は神社庁の規定により金幣社・銀幣社・白幣社と格付けが設けられました。

 

2. 年間の祭儀の日は下記のようです

元旦祭 : 一月元旦

祈念祭(御霊社) : 三月第二日曜日

春例大祭 : 四月第三日曜日

厳島社祭 : 八月第一日曜日 または 七月最終日曜日

秋例大祭 : 十二月第二日曜日

大袚 : 松飾り十二月二十九日

 

3. 境内には他に 厳島社 と 御霊社 が祀られています

境内地には 津島社 も祀られています

 

4.  向山神社の氏子は三百戸です

 

5.由緒

昭和十三年九月三十日に、元の村社である日吉神社 ・ 元の村社である星宮神社 ・ 元の村社である土地神社 ・ 以前に合祀した斎宮神社 ・ 元の村社である大宮神社を合祀して向山神社と改名されました

 

昭和二十五年十一月七日に、元の村社である神明神社を合祀して銀幣社 向山神社と改名されました

 

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向山神社由緒の書かれた石碑があります       村社の石碑があります

 

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御霊社の石碑は参道の右側に立てられています

 

6. 合祀してある神社の説明

日吉神社

○祭神(さいじん)は 大山昨神(おおやまくいのかみ、おほやまくひのかみ)です

昨「くい」は杭のことで、大山に杭を打つ神、すなわち大きな山の所有者の神である事を意味します

○正保六年(正保は正保5年『1648年』までで正保六年はありません)に葺替、寛文元年(1661年)に再建、文化(1804~1818)・文政(1818~1830)に葺替の棟札があります

 

星宮神社

○祭神は不詳ですが弥勒菩薩と思われるとの事です

○元禄十一年(1698)、正徳六年(1716)、享和元年(1801)、文化十四年(1817),文政十二年(1829)、安政四年(1857)に再建と葺替が有ったと記されています

○ 寛文(1661~1673)年間に曽代用水開発により、この地に移転斉鎮したと地元の言い伝えがあります

 

土地神社

○祭神は大国主大神です

○大昔には字土地守に鎮座してあったのが、正保二年の棟札が納めてあることから正保二年(1645)に向山神社に鎮座せられたと思われます。

○正保二年(1645)鎮座、正徳六年(1716)、寛文三年(1663年)、文化十四年(1817), 天保元年(1830)に葺替が有ったと記されています

 

斎宮神社

○祭神は不詳です

○地元の言い伝えによると、向山神社中で最も古い神であると伝えられています

○向山神社の北一丁ほどの所に斎宮神の地名が有り、その後に現在の跡地の標識のある地点に遷宮鎮座されて、明治の終年に合祀されたと記されています

○寛文(1661~1673)、天明三年(1783)、文化七年(1810)、文政十年(1827)に葺替が有ったと記されています

 

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斎宮神社跡地の標識は参道の右側の地にあります

 

大宮神社

○祭神は不詳です

○大昔には下有知字大宮に鎮座されていたのを寛文(1661~1673)年間に曽代用水開発により冨士神社右脇に遷座され、昭和十三年九月三十日に向山神社に合祀されました

○明治八年の神社改証の際に美濃国神社帳に無従五位下大宮明神と定められました

○享和三年(1803)再建、文政二年(1819) 、天保(1830~1844)、安政五年(1858)に葺替が有ったと記されています

 

神明神社

○祭神は天照大神です

○大昔には下有知字神明に鎮座されていたのを 寛文(1661~1673)年間に曽代用水開発により冨士神社左脇に遷座され、昭和二十五年十一月七日に向山神社に合祀されました

○明治八年の神社改証の際に美濃国神明帳に下有知御鳳神明神社と記されています

○宝暦十二年(1762)、安永五年(1776)、寛政六年(1794)、文化七年(1810)、文政九年(1826)の棟札が奉ってあります

 

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山之神は参道の右側の地にあります

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毎年12月に山之神の神事が行われています

 

 

7,いろいろの古文書に書かれている向山神社の歴史

イ. 天慶二年(939)美濃国神明帳に下有知に大宮明神、志摩に志岡明神有ると記され、和名抄には有知の郷に有ると記されて    います

※ 和名抄は和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)の略で平安時代中期に作られた辞書です

 

ロ. 長歴二年(1038)下有知御厨(みくり、みくりや)と言い『伊勢神宮領』に設定せられる

下有知御厨(伊勢神宮領)になると共に神明社 斎宮社を奉祀(ほうし)したものと思われます

 

ハ.  文治四年(1184) 伊勢神宮文庫に武藝郡下有知御厨内 大式三位家 原範能

供祭物八丈 絹三疋 別進起請七疋 と記されています

 

※ 下有知の歴史には疎い私がまとめましたので間違いが有るかと思います、また他に関係する事でご存知の方がおられましたら是非教えて下さい。

 

2015年1月1日

下有知役員ふれあいまちづくり推進委員会

委員長 高橋正次(下有知区長会長)

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