平成27年度(2015年)下有知区長杯野球大会決勝戦

 

平成27年度(2015年)下有知区長杯野球大会決勝戦が行われました。

優勝戦は 8区の東志摩チームと11区の関ノ上チームが対戦しました。

 

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両チーム共に健闘した優勝戦です         優勝した8区東志摩チームに優勝トロヒィー

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優勝した8区東志摩チームに賞金          準優勝の11区関ノ上チームに賞金

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6日間にわたる熱戦を繰り広げて閉会式を行いました。

参加下さいました2・4・5・6・7・8・11区の皆様有難うございました。

 

下有知体育委員会 委員長 松田修治

 

2015年6月4日

下有知役員ふれあいまちづくり推進委員会

委員長 高橋正次(下有知区長会長)

世界農業遺産への国連認定調査員が曽代用水を視察しました

 

   5月26日 世界農業遺産への認定を目指す「長良川アユ」のFAO(国連食糧農業機関)調査員が、曽代用水土地改良区(理事長 松田洋一)を視察しました。
説明場所は下有知の「杁之戸分水」で、曽代用水の開祖、柴山伊兵衛の末裔(後裔)の柴山副理事長が説明を行いました。

 

 世界農業遺産(GIAHS: Globally Important Agricultural Heritage Systems)とは、何世代にもわたり社会や環境に適応しながら発達し形づくられてきた農業上の土地利用・伝統的な農業・それに関わって育まれた文化、景観・生物多様性に富んだ世界的に重要な地域を次世代へ継承することを目的として国連食糧農業機(FAO)が2002年(平成14年)から開始したプログラムです。

 
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1663年(寛文3年)現在の関市一帯は長良川の水位との差が大きく水不足に悩まされ干ばつがたびたび起り荒れ地となっていました。

この地に移住してきた尾張藩の浪人喜田吉右衛門と弟の林幽閑はこれを見かねて、地元の豪農の柴山伊兵衛と相談し、長良川上流の曽代地区から水を引く用水を計画しました。

 

固い岩盤を掘削するため、炭や焚き木の火で岩を焼き水をかけて岩を砕きやすくしてから、たがねと金鎚で掘るという厳しい作業が続き多額の費用がかかり工事費は約5,500両にもなり、三氏は私財を全て使い果たし喜田吉右衛門は離脱し林幽閑も行方知れずとなってしまいましたが、柴山伊兵衛は貧しい小屋に住みながら頑張りとおしました。

 

そして、着工から10年の歳月を経て、約17キロメートルわたる用水が完成し、荒れ地だった関市は美しい水田に生まれ変りました。

農民のために曽代用水完成させた喜田吉右衛門 林幽閑 柴山伊兵衛 の三氏の遺徳を偲んで井神社を建立し、毎年7月31日に試楽祭を、そして翌日の8月1日に例大祭を行って感謝しています。

 

2015年5月28日

関市自治会連合会下有知支部  支部長

曽代用水 土地改良区  副理事長
平田忠彦

 

下有知小学校3年生69名が冨士塚の勉強をしました

昨年2014年5月22日に続いて、今年も下有知小学校3年生69名が冨士塚の勉強をしました

 

冨士塚の説明は区長会長の高橋正次さん 冨士塚自治会長老の山藤健治さん 土木水利委員の山藤耕一郎さんがお話をしました。

3年生のみなさんには下記の1~8の事を説明して勉強してもらいました。

 

1. 鎌倉時代(1185~1333)の1319年刀祖である元重が居ました。

古文書によると元重は1311年頃に九州から関に移住して来たと考えられます。

 

2. 元重の子孫の奈良太郎兼常は1381年に富士浅間大権現に参詣して名剣が出来るように祈願し、富士の土砂を持ち帰り故郷の下有知に冨士塚を作って富士浅間大権現を勧請しました。

本来は富士塚と書きますが、富士そのものを使っては恐れ多いので富士を冨士と変えました。

そして、この地が冨士塚という地名になりました。

※ 勧請(かんじょう):本祀(ほんし)の社の祭神の分霊を迎えて新たに設けた分祀の社殿にまつること

 

3.  その後兼常家代々が下有知冨士塚に住みこの冨士塚神社の支配を司って来ました。

 

4. 室町時代(1392~1491年)中期に下有知重竹地区に規模の大きい兼定屋敷がありました、刀匠の和泉守兼定はここで刀を作っていましたが天分3年(1534)の大洪水に土砂の下敷きになり現在の関市内に移住しました。

昭和56年に重竹遺跡の発掘調査により鍛冶屋敷跡が確認され、屋敷の規模は大きく発掘された遺品は地下約2メートルより出土しました。

下有知重竹地区の兼定屋敷跡は以前は地名として存在していましたが、土地区画整理により今は大切な地名が無くなってしまいました。

 

※ これらの事は下有知冨士塚の池村久雄氏所蔵の 池村家由緒書 寛文二年(1662年)記述 より明らかになりました。

※ 関の刀鍛冶の発祥の地は下有知重竹地区或いは下有知冨士塚である事が判りました。

 

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小学校から45分歩いて冨士神社に来てくれました  まづ最初に裏から冨士塚の大きさを見ました

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冨士塚がどうした経緯で出来たか、そして大切に守らないといけない事を聞きました

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冨士神社にお参りしました             左釜に手をふれて体験しました

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冨士塚の急な階段を登り調べました       みなさん暑い時に有難うございました

 

5.  赤ちゃんの夜鳴き虫が治ると信じられて冨士神社には数十年前までは何千という左鎌が柱と壁に祭られていました。

 

6.  私達のまち下有知の有知は知恵のあること 知恵のある者という意味です。 これは中国の逸話集に有知無知三十里という逸話があり、知恵のある者とない者との差がはなはだしいことのたとえです。 魏の国の楊修(ようしゅう)と曹操(そうそう)が曹娥(そうが)の碑のそばを通ったとき、碑に書いてある文の意味を 楊修はすぐに理解したが曹操は30里行った後にやっとわかったという故事から由来していると考えられます。

 
7.下有知にある山王山には1812年(文化9年)に設置された88の石仏が鎮座されています、これも大切に守っていきたい下有知の文化です。

 

8.  下有知は手作業の難工事を乗りこえ10年の歳月を経て1675年に完成した曽代用水など貴重な文化財の残る自然豊かなまちです。

 

参考記述

※ 江戸時代に富士山信仰が爆発的に広がりましたが、旅が困難な時代のために富士講を作り代表者が富士参拝をして土を持ち帰り身近な場所に模倣富士山を築造して参拝出来るように築いたのが富士塚でした。

しかし、下有知の冨士塚は名剣が出来るように祈願して作られた冨士塚です。

 

  • またネットで調べると、富士塚の第1号は安永八年(1779)に東京の高田の地に作られたものだと書いてありますが、下有知の冨士塚はそれよりも400年ほども前に作られていました。

 

2015年5月26日 下有知ふれあいのまちづくり推進委員会

委員長 高橋正次(下有知区長会長)

下有知家庭婦人軽スポーツ大会(グランドゴルフ)

 

下有知体育委員会主催による下有知家庭婦人軽スポーツ大会が開催されました。

下有知グランドに爽やかな風が流れ五月晴れのお天気で、4・7・8・10・11区のご婦人と各自治会体育委員そして指導をして頂いたスポーツ指導員の皆さんが参加しました。

 

8時30分から開会式では松田体育委員長の挨拶、10時30分までグランドゴルフを楽しくプレーし、最後に表彰式をして11時に閉会しました。

団体1~3位賞・個人1~3位賞・ホールインワン賞・飛び賞と多数の賞が用意されていました。

 

グランドゴルフ-(4) グランドゴルフ-(9)

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開会式と始球式

グランドゴルフ-(15) グランドゴルフ-(20)

各賞品

グランドゴルフ-(18) グランドゴルフ

10組に分かれて各組が順に8コースを回ります

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団体1位のみなさん               個人1位~3位

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ホールインワン賞                 成績表

 

個人1位 服部由香利 個人2位 近藤初美 個人3位 山田志奈子 ホールインワン 近藤初美

団体1位 小倉真里子・近藤初美・服部由香利・柴山弘美チーム

 

スポーツ指導員の朝倉さんは年々参加人員が少なくなって来ている事を残念がっておられますが、来年は自治会未加入者の皆さんにも呼びかけて交流したいと思います。

皆様の参加を有難うございました。

 

下有知体育委員会 委員長 松田修治

 

2015年5月17日

下有知役員ふれあいまちづくり推進委員会

委員長 高橋正次(下有知区長会長)

平成27年度(2015年)下有知区長杯野球大会

平成27年度(2015年)下有知区長杯野球大会が中学校グランドで開会しました

 

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試合予定表         昨年度の優勝チームの4区から優勝杯の返還されました

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ルール説明に続いて始まりました    1回の裏に2本のホームランが放たれました

 

5月13日に下有知区長杯野球大会が中学校グランドで開会しました、本年度は7チームが参加して6月6日の決勝戦まで熱戦が続きます。

開会式に続いて第1試合は 11区 対  6区 の対戦で始まりました。

第2戦は5月16日に 7区 対  2区 の対戦で行われます。

決勝戦は6月6日に行われます。

各試合ともに雨天の場合は順延となります

 

513試合結果2

 

下有知体育委員会 委員長 松田修治

 

2015年5月13日

下有知役員ふれあいまちづくり推進委員会

委員長 高橋正次(下有知区長会長)


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